「え゛え゛〜!! な、何なんですかぁ!? それぇ!?」
 体育館の講堂に、突如として響き渡ったその大声に、運動部員の視線がこちらに集中した。
 だけどそんなことは意に介さず、演劇部部長、栗山聖(くりやまひじり)は言葉を続ける。
「……言葉通りだよ。部活動の予算削減に伴い、演劇部の同好会化、ないしは何処か他の部との合併を打診された」
「……合併……って、例えば、何処です?」
「生徒会長には、映画研究部なんてどうかと薦められたけどね。演技をすることに変わりはないだろう、だそうだ」
「無茶苦茶です。それってXFLとNFLが同じだって言ってるみたいなものですよ!」
「……」
 ちなみにXFLって言うのは、かなり昔に演出過多で大赤字を出してあっさり潰れたアメフトリーグのことだ。一方のNFLはアメリカ屈指の人気を誇り、世界一の金持ちリーグとも言われる歴史の深いアメフトリーグだ。
 相変わらず、七草ちゃんの微妙な雑学知識と喩えには、色々な意味で感心させられる。
「大体です! 部長はそんな案をあっさり呑んだって言うんですか!?」
「別にあっさり呑んだ訳でも無いけど……こういうのは、権利の衝突だからね。何処の部も、自分の部は潰したくない……だったら何処かで誰かが折れなきゃならない訳で……もちろん僕はこの部を存続させるために全力を尽くすつもりでいるけどね」
「部長……」
「流石です! それでこそ一国を束ねる長です!」
 ぼくと七草ちゃんは、素直に感嘆の声を漏らしていた。
「……とは言っても、最悪、妥協案を飲まなくてはいけないかもしれないのが現実だ。だから一度、決を取っておきたい。そうなった時、最後まで戦うか、合併案を飲むか……最後まで戦う人は手を挙げて」
「……」
 ぼくは無言のまま手を挙げた。見てみると、七草ちゃんと部長も同じことをしているのが目に入る。
 あとは……。
「え……?」
 ぼくは、自分の目を疑っていたのかもしれない。ぼく達以外で挙手をしていたのは川崎だけで、沙羅も三島も、他の女子五人も、その場に立ち尽くしたままだったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 部が無くなっちゃうかもしれないんだよ!」
 『こんな理不尽な仕打ちに甘んじるって言うの』と言外に含めておく。
 すると彼女らは、それぞれに顔を見合わせ、意見と思しき物を口にした。
「俺は、より多くの女性と知り合える機会と捉える」
「私、お兄ちゃんと一緒なら、別に何処でもいいし」
「だってね〜。この部って、このメンバーでわいわいやるのが楽しいんで、演劇そのものに拘る必要なんて無いわよね〜」
『ね〜』
 女性陣の声が、見事に同調した。
「……」
 ぼくは今更ながら、この部が『超個人』の集団であることを再認識させられていた。


「……みんな薄情です……こういう時こそ、手を取り合って一つの目的に突き進むのが部活動の本来あるべき姿じゃないんですか!?」
「わ、わ。七草ちゃん、落ち着いて!」
 手近なパイプ椅子を持ち上げ、テーブルに叩き付けようとする七草ちゃんを羽交い締めにして、抑え付ける。
 こ、これ本当に女の子の力!?
「はぁ……はぁ……」
 何とか宥めて椅子に座らせる。かなり息が荒いけど、何もそこまで興奮しなくても……。
「……まあ、とりあえず今後の方針でも話し合おうか」
「そうですね……」
 上座に座る部長に促され、ぼくは入り口近くの席に腰を下ろした。
 ここは演劇部の部室。雑然と衣装やら小道具やらが転がっていると思われがちだが、うちの場合、講堂裏にスペースを貰っているので、結構すっきりしている。女性陣と三島が意外にマメだと言うのも、理由の一つなんだけど。
 ……唯、その代償と言うか、何と言うか、三島が持ち込んだアイドルポスター三枚が気にならないと言っては、嘘になってしまう。
「……で、どうしようか?」
「……どうしますか……?」
 あの後、なし崩し的に自由解散みたいな感じになって……今ここに居るのは最期まで戦うと言った四人――つまり、部長、ぼく、七草ちゃんに川崎だけだ。
「……そう言えば、川崎はよくこっちについたね」
「川崎君、そんな演劇に情熱あったんだ?」
「……これ以上、面倒を見る人が増えるのが御免なだけです」
「……」
「……」
「……」
 今日も川崎大悟は川崎大悟だ。
「そんなことよりです!」
 七草ちゃんはバン、という音を立てて右足をテーブルの上に乗せた。
 彼女はどちらかと言えば小柄な方で、左足が椅子に乗っているのが、格好良い様な、格好悪いような……。
「……七草君。行儀が悪いのは言うまでもないんだけど……下着が見えそうで見えない状況になってるよ……」
「はうぁぅぁ……」
 七草ちゃんは正体不明の奇声を上げると、顔を赤らめ、裾を抑えた。
 ……ごめんなさい。ちょっと目がいきました……。
「……話が全く進んでないんですけど」
「……」
「……」
 こういう時、川崎の冷静さは、とてもありがたい。
「こうなったらゲリラ戦です!! 私達は私達にしかない武器を以って、この状況の打破を試みましょう」
「……ぼく達にしかない武器……?」
 何の話?
「……成程。やってみる価値は有りそうですね」
「……頑張って下さい」
「??」
 何故だか、視線がぼくに集中してる気がする……。
 え? え? どういうこと?
「倉成先輩!! 幸いにして現生徒会長は女の方です!」
「はぁ……」
 それはぼくも知ってる。顔と名前ははっきりしないけど……。
「そして倉成先輩は『魅惑の双生児』と呼ばれる、校内屈指の有名人です」
「……」
 また、あまり触れて欲しくないところに……。
「えっと、それで……?」
「……つまり平たく言ってしまえば、会長を色仕掛けでたぶらかして欲しいってことだね、七草君?」
「その通りです」
「……はい?」
 理解を越える発言だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それってつまり、裏工作じゃない!」
 若干の思考停止の後、何とか言葉を絞り出した。
「……先輩……」
 すると七草ちゃんは、憐憫と言うか、冷めていると言うか、とにかくぼくがまるで異次元の存在であるかのような目で見詰めてきた。
「政治の世界は奇麗事だけじゃ務まらないんです……誰かが手を汚す覚悟を……そう! 坂本竜馬がその志を貫くために戦い続けた人斬り以蔵の様に!!」
「……」
 その汚れ役を人に押し付けるのはどうかと思うんだけど……。
「……まあ、そういう訳だから、ホクト君、頑張ってね」
「……は、はあ……」
 部長のその言葉に、ぼくは唯、乾いた引き攣り笑いを浮かべることしか出来なかった。


「……新澤唯巳(にいざわゆいみ)……西暦二〇一七年二月九日生。西暦二〇三二年十月十五日、つまりは一年、秋の生徒会選挙に於いて、若干十五歳にして生徒会長となり、現在二期連続で生徒会を束ねる才女です。
 身長は162cm、体重47kg。血液型はB。趣味は読書。家族は、両親と二つ下の弟が一人。典型的な核家族ですね。座右の銘は『俯仰天地に愧じず』。自分の心や行動に、やましいことは無いって意味です。
 そしてスリーサイズは――」
「……ねえ……最期の情報、何か意味、あるの?」
「数値によって、褒め言葉を変えれば良いんじゃないですか?」
「……」
 そんな、場末の酒場のような会話をしろと……?
「……それにしても凄い情報量だね」
「私の諜報力を舐めないでください。その気になれば、校長が使っている歯磨き粉のメーカーだって分かります」
「……」
 恐ろしいまでに役に立たない。
「……それじゃあ、行こうか」
「……はぁ……」
 ……そう言えば誰かが、溜め息を一つ吐くたびに、人生を一つ諦めるって言ってたけど、案外真理なのかもなぁ……。


 七草ちゃん情報によると、会長は午後四時半以降は、大抵、生徒会室に篭って事務作業をしているらしい。『そこを狙えば、百戦錬磨の先輩ならイチコロです』とは七草ちゃんの談。
 ……百戦錬磨どころか、一戦一勝しか実績無いんだけど……。
 それで、ぼくはさっきから、扉に手を掛けようとしては、引っ込めるという、典型的な小心者の行動を繰り返していた。
 ……廊下の端に隠れたまま、こちらを見詰めている三人の視線が痛い……。
「……」
 途端――眼前の扉が滑走した。突然のことに、ぼくは思わず、身体をビクつかせてしまう。
「……」
 そこに居たのは、目的の少女であった。身長162cm、体重47kg。ほんの少し顔を上げないと目線を合わせられない所を見ると、ちょうどユウと同じ位の体格なのかもしれない。
 あ、それと『三つ編、眼鏡で生徒会長なんて、あまりにお約束過ぎます』って言うのも、七草ちゃんの談だ。
「あなたは……」
「あ……はい。二年三組の倉成ホクトって言います」
 所属を意識的に操作して、返答した。とりあえず演劇部であることがバレるのは得策ではないだろう。
「……知ってるわ、有名だから。何? 今日は演劇部代表で来たの?」
「……」
 ……きっちり読まれてるんですけど……。
「……ふう……聖。あんた、どうせ近くに居るんでしょ? そういう趣味が無いんだったら、大人しく出てきたら?」
 幼児の悪戯に辟易といった表情で、廊下の左右に目を遣る。
 諦めたのか、想定内の出来事なのか、部長は神妙な面持ちで姿を現した。
 ちなみに川崎はともかく、七草ちゃんはその後ろで小さくなっている。どうやら、それなりに罪悪感はあるようだ。
「やれやれ……新澤君には全てお見通しですか……」
「……唯巳、よ……」
 会長は部長を一瞥だけして視線を落とす。あれ……? この二人って……。
「……ひょっとして、結構親しい仲なんですか? そう言えばさっき部長のこと、呼び捨てでしたよね?」
 七草ちゃんが、ぼくと同じ疑問をぶつけてくれた。
「……幼馴染み、ですかね……小、中学も一緒でしたし」
「……そして、一方的に恋心を破棄された関係よ……」
『……はい?』
 ぼくと七草ちゃんの声は見事に同調した。
「忘れもしないわ……あれは二年前の桜舞い散る頃……私は希望と期待と、ちょっとした不安を胸にこの学校に入学したの……」
「はぁ……」
 何故にモノローグ調?
「そして……そして……私は決意していたの! もし大好きな聖と一緒の学校に入れたら告白しようって! そう! あの校庭に立つ桜の木の下で!
 その純粋な乙女心を、この男はぁ!!」
「……まあ、そんなこともあったみたいです」
 どう反応していいか分からないのか、部長は軽く頬を掻いた。
「そこで私は考えたの! 教養、美貌、魅力、全てにおいてほぼ完璧な私に足りないのは『力』だと結論づけるのに時間は要らなかったわ……そして努力したの! 中学三年間は読書部だった私にとって生徒会の運営はまさに未知の領域。だけど頑張って勉強して、ちょこっとだけ悪どいこともやって、ようやくの思いで生徒会長になったのよ!!
 それなのに! それなのにぃ!!」
「……こういう独創的なところに付いていけなかったんです」
「……」
 心の底から同意してしまったぼくは悪人なのでしょうか……?
「激しい愛情は反転すれば憎しみへと変わる……そこで少女は新たな決意を胸に秘めたの。
 つまり、男が最も大事にしているものを壊してやろうと……即ち、演劇部。それもすぐにでは面白味に欠ける……だから少女は今という時機を選んだの。二年以上も掛けて育ててきた
ものが壊れる瞬間って、ひょっとするとある種の芸術に匹敵する美しさを持ってるかもしれないわ……」
「……ちょっと待って……つまり、今回の騒ぎってひょっとして……」
「私の復讐」
「……」
 いや、あっさり認められても……。
「大体、生徒数は年々減ってるんだから、予算と部活動が減るのは当然でしょう? 私は唯、優先的に演劇部の存在を闇に葬ろうとしているだけよ」
「……表現が不穏当です」
 川崎の突っ込みに、ぼくは首を二度、三度、縦に振った。
「理不尽です! それってつまり公私混同で職権濫用で私情介入じゃないですか!」
 演劇部の斬り込み隊長、笹山七草ちゃんが噛み付いた。
「……何、言ってるの。『権力』は『使う』ためにあるの。この世界に『私』を滅し、『公』のためだけに生きてる清廉潔白な役人や政治家がどれくらいいると思うの?」
「……成程……たしかにそれもそうですね……」
「……七草ちゃ〜ん……」
 斬り込み隊長は、意外と丸め込まれ易かったりする。
「と・に・か・く。これは力と権利の衝突……せいぜい、部が一致団結して足掻くことね。そうでないと、こっちも楽しめないから」
「……」
 うちの部が、半ば空中分解してるって言ったら、この人はどんな顔をするんだろう……?


「……手強い相手でした」
「……って言いますか部長、こうなるって分かってませんでした?」
 ぼく達は部室へ戻ってきていた。そこで、当然のように導かれる疑問を口にしてみる。
「……唯巳君にも困ったものだよね……」
 あっさり自白した。
「こうなったら部長、人身御供になって下さい!」
「……つまり唯巳君と交際しろと?」
「有効と思える方法の中では、最少の犠牲で済みます」
「……人道に反することはしたくないんだけどね……」
「彼女が生徒会長を辞める秋まででいいんです! 大丈夫、みんなやっていることです!」
「……」
 根も葉もないことを、平気で口にする七草ちゃん。もしかすると舌先三寸の営業員なんか向いているのかもしれない。……あの強引さはマイナスの気もするけど……。
「……とは言え、妻子ある身で他の女性と付き合うと言うのはね……」
「……」
「……」
「……」
『……はい?』
 な、何かとてつもないことを聞いた気がするんだけど……。
「……あれ? 知らなかったのかい?」
「……」
「……」
『……え゛え゛ぇぇ〜〜!?』
 ぼくと七草ちゃんの声が同調し、大音響となって部室内に木霊した。もう、大混乱なんてレベルじゃない。その度合は、あの川崎が目を丸くして驚いていると言う事実だけで察してもらいたい。ぼくと七草ちゃんなんて、その場でじっとしていることさえ出来ずに、縦横無尽に走り回っていたりする。
「……まあ、笑えない冗談は置いておいてだね……」
「……」
 途端――ぼくと七草ちゃんの動きがまるで、だるまさんが転んだ、の様に不自然な格好で止まった。
「じょ、冗談……?」
「……まさか、本気にしてたのかい?」
「……」
 この慌てようから察して下さい。
「……あのね……彼女だってまともに一年以上居たこと無いのに、そう簡単に結婚できる訳無いだろう?」
「い、いえ。部長の落ち着き振りから、もしかすると有り得ない話じゃないかな〜、なんて思っちゃいまして……」
 七草ちゃんの言葉に、ぼくは千切れるのではないかと思うほど激しく首を縦に振った。
「……はぁ……」
 部長の溜め息に、何処かやる瀬無さと諦めが混じっていた様に感じたのは、ぼくだけではないはずだ。


 翌日――ぼく達四人と沙羅は再び部室に集合していた。
 昨日は栗山部長、既婚疑惑で、訳が分からないうちに下校時間になってしまったので、仕切り直しって奴だ。
 ちなみに沙羅がここに居るのは、ぼくの誠意ある説得によるもの。まあ、その結果として、何故か今度の日曜日、映画に行くことになっちゃったけど、それは置いておいて。
 『生き残るためには利用できるものは全て利用しろ』とはお父さんの談。……物凄い説得力です……。
「それじゃ始めようか。話はお兄ちゃんに聞いてるから……簡単な話じゃない」
「簡単……ですか?」
「だってこれって生徒会長の独断なんでしょ? だったら弱みを握って取り引きすればいいのよ」
 さらりと黒いことを口にする沙羅。嗚呼……何でこんな娘になっちゃったんだろう……。
「言っていることは一理あるけど、彼女、かなり執念深いよ……それこそ名前の通りヘビのように、ね。それに取り引きする材料をどうやって手に入れるつもりだい?」
「それはもちろん、クラッ――」
「わあぁぁ!!」
 慌てて沙羅の後ろに回り込むと、口を手で塞ぐ。何かもごもご言っている気もするけど、気にした方が負けだ。
「せ……先輩……?」
「あ〜、気にしないで。発作みたいなものだから」
「は……はぁ……」
 無理矢理にでも納得してもらう。と言うか、そうしないと話が進まない。
「……でも良い案です。部長、何か知らないんですか?」
「唯巳君の弱点ねえ……無いかな。あ、そう言えば何年か前に間違って彼女を押し倒したことがあるけど使えるかな?」
「ぶ、部長……部長も男だったんですね……」
「……何か勘違いしていないかい?」
 七草ちゃんの返答に、部長は顔をしかめた。
「そんなの大したことじゃないんじゃない? だってお兄ちゃんも私を――」
「だあぁぁ!!」
 再び口に手を当て、抑え付ける。……沙羅、連れてきたの間違いだったかなぁ……?
「……先輩」
「ん?」
 川崎に声を掛けられ、反射的に首だけをそちらに向ける。
「……胸、当たってます」
「??」
 言葉の意味を理解できず、自分の胸を見遣る。沙羅の右後ろに立って、左腕を首の後ろから回す形で口を塞いでいるので、当然、ぼくの胸は沙羅の右肩に当たっている。
「……」
 左腕?
 そう言えば、右腕がどうなっているのか意識の内にない。
 恐る恐る肩越しに覗いてみると――。
「……」
「……」
「……」
「きゃあぁぁ!!」
 どうやら、両腕で抱き締める格好になっていて、結果としてちょうど胸の部分に腕と手が当たっていたらしい。沙羅の悲鳴が部室内に響き渡った。
 もちろん意識してのことじゃない。そんな度胸あったら、ユウの尻に敷かれてないし……。
「く、倉成先輩! な、な、なんてことしてるんですかぁ!?」
「……ホクト君。女性関係で色々と大変なのは理解しているつもりでいるけど、実の妹に手を出すのはどうだろう?」
「……」
 何か、妙な誤解されてるし……。
「くおぉらぁ、倉成! 沙羅ちゃんを泣かせるとは何事だぁ!!」
 不意に、背後の扉が豪快な音を立てて開き、三島が乱入してきた。
 ああ! もう目茶苦茶だ!
 ぼくは三島が繰り出してくる右ストレートを、首を動かすだけで躱すと、腕を取り、関節を極める。ちなみにこれはお母さん直伝の護身術だ。
「うぎゃあぁぁ!!」
 先程の沙羅のそれより大きい悲鳴を残し、三島は二度、三度タップした。ぼくはすぐ様力を緩めると、腕を解放する。
「お兄ちゃんに手を出そうとするからこうなるのよ」
「……」
 いや、沙羅。三島は一応、君を助けに来たんだから、その言い方はどうだろう……?
 色々と釈然としないものを残しつつ、いつものメンバーになったのは偶然なのか必然なのか……。


「……で、三島。何でこっちに来た訳?」
「いや、一晩じっくり考えてみたんだがな……沙羅ちゃんが他の男と親しくなる機会を増やすのは得策ではないという結論に落ち着いてな」
「……」
 まあ理由はどうあれ、利用できるものは全て利用することにしよう。
 それにしても、これだけ大騒ぎしたのに、『いつものことだから』と、集まったのは野次馬だけで、一人として心配してくれなかったのは部としてどうなんだろう……?
「じゃあ、現状を理解してもらったところで続きを――」
「その必要は無いわ」
 不意に、女性の声がした。沙羅のものでも、七草ちゃんのものでもない、やや低めの落ち着いた声。あれ――この声って……?
「唯巳君――」
「……まあいいわ」
 廊下に立ち尽くす彼女は、こちらから一度だけ視線を外すと、睨み付ける様にして、再び顔を上げた。
「……それで……『その必要は無い』というのは?」
 トクン――心臓が高鳴った。
「……そんな無意味な相談、止めなさいってこと……演劇部は来年以降も存続が決まったのよ……」
「え……?」
 誰ともなく、小さな声を上げた。あまりに唐突で、事態を呑み込みきれなかったのだ。
「……展開が急ですね。昨日の今日ですよ」
「……各部から嘆願書が集まったのよ……『演劇部を潰すな』ってね……流石に過半数以上集まっちゃうと、どうすることも出来ないわ……」
 川崎の問いに、淡々と事実だけを述べた。
「……ふっふふ……考えてみれば当然のことです。演劇部と言えば、野球部と並んで高校に欠かせない部活動です。こうなることは推して知るべしですよね」
「……」
 いや、そうかな……?
「……残念ながら、理由は違うわ……」
「……そうなのかい?」
「……ええ……うちに来た部長達は口を揃えてこう言ったわ……『あんな見てて面白い部を無くすなんて、この学校にとって大きな損失だ』って……」
「……」
 どう反応したものなんでしょう……?
「こんな……こんな理不尽なことってある……私が二年も掛けて、練りに練った復讐劇がこんなどうしようもない理由で……」
 顔を俯け、両腕で自身を抱き締めたまま全身をわななかせる。表情が見えないところが、余計に恐い。
「ふっ……ふふふ……ふふふふふふ……」
「……」
 ……壊れちゃったのかな……?
「……決めたわ……」
「……何をだい?」
 ドスの効いたその呟きに、普通に問い掛ける栗山部長。やはり、ちょっとした大物だ。
「……私は全身全霊を以ってこの部をいじめる……結果なんて関係ない……もう、それだけが私の生きる意味だから……」
「……」
 嫌な生き甲斐だなぁ……。
「……ふふふふふ……」
 不気味な含み笑いを残し、身体をふらつかせながら歩き去っていった。
 部室に残ったのは、まるで朝もやの中のように、清々しさと鬱陶しさが混在する微妙な空気だった。

 これって大団円……なのかなぁ……?                         了
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