西暦二〇〇三年七月五日。小町月海、十歳――。
「つぐみ、お誕生日おめでとう。ほら、プレゼントだよ」
「パパ、ありがとう」
 つぐみと呼ばれた少女は、満面の笑みを浮かべて、父親から一抱えはある、箱状のカゴを受け取った。
「うわ〜。ロブロフスキーだ〜。可愛いな〜」
 少女は、カゴの中で丸くなっている、毛玉の様な生き物に見とれていた。
「つぐみはハムスターが好きだろう? ママと相談したんだが、これが一番いいかと思ってな」
「うん。すっごく嬉しいよ」
 再び、満面の笑みを浮かべた。
「つぐみ。名前を付けてあげないとね」
「え、ママ。私が付けていいの?」
「もちろんよ。あなたのお友達ですもの」
「え〜っと、う〜んと、じゃあねえ……」
 少女は、難しい顔をしたまま、思案していた。
「うん! キュウ! あなたはキュウよ」
「キュウ?」
「いい名前だが……何か由来はあるのかい?」
「えっとね。とっても、キュートだから」
「……」
「……」
 少女の両親は硬直していた。もしかすると、将来、彼女が母親になった時、どのような名前を付けてしまうか、危惧しているのかもしれない。
「それにしても、つぐみももう十歳か……ついこの前、産まれたばかりの気がするよ……」
「そうよね……あと十年で成人して……あっという間に大人になっちゃうのよね……」
「……なあ、つぐみ。お前は将来どんな女性になりたいんだ?」
「将来?」
「そう。将来、だ」
「……」
 その言葉を聞き、少女は再び思案顔になった。
「……二十三までは恋人に相応しい男の人と付き合って青春を楽しんでね。二十四になったら、夫として相応しい男の人探そうかなーって、思ってるのかな?」
「……は?」
「シロガネーゼの法則なんだよ」
「……は……はぁ……」
 両親は困惑していた。恐らく今度は、彼女がどのような人生を歩んでゆくのかを危惧しているに違いない。
「……でもね……お嫁さんにはなりたいな……パパとママみたいに、ずっと、ずっと好きな人と一緒にいて……子供達と仲良くできたら……それって凄く幸せなことなんだな、って思うもん」
「……つぐみ……」
 ようやく出たまともな答のためかどうかは分からないが、両親は安堵した表情を見せた。
「それじゃあ、つぐみ。ケーキを食べようか。さ、ロウソクの火を消して」
「うん」
 少女は、円形のケーキの上に灯されたロウソクに息を吹きかける。
 たったの十本が、一息で消しきれないところが妙に可愛らしい。
 
 これが、小町月海、十歳の誕生日――。
 
 
 西暦二〇三四年七月五日。倉成家、リビングにて。
「……つぐみ……つぐみ……」
「……ん……」
 二人掛けのソファーで横になっていた女性に、一人の青年が声を掛けた。
「あ……武……私……寝てたの……?」
「ああ、見事までにぐっすりと、な。口づけが必要かと思ったぞ」
「……武……」
 女性の顔が困惑する。照れているようにも、怒っているようにも見える、複雑な表情だ。
「ほら。主賓がいなきゃ始まらないだろ? 座った、座った」
 促されるまま、女性はテーブルチェアに腰掛けた。その両脇には、少年と少女が一人ずつ座っている。
「それでは、ママの誕生日を祝して、かんぱーい」
 少女が、グラスを高々と掲げて音頭をとった。中には、赤紫色の液体が満たされているが、恐らくはグレープジュースか何かだろう。青年と女性はともかく、少年と少女は成人に達している様には見えないからだ。
「それじゃ、プレゼントだね。はい、これ。お兄ちゃんと一緒に買ってきたんだ〜」
 言って少女は、綺麗に包装された箱を手渡した。
「……開けていいの?」
「もちろんだよ」
 少女に促され、女性は緊張した面持ちで、包装を解いていく。
「……これは……?」
 箱の中には、衣類とおぼしきものが折り畳まれていた。女性がその端をつまみ、持ち上げてみると――。
「……あの……沙羅……?」
 それは黒いシャツであった。派手さも、飾り気も何も無い、只のTシャツ。そして、その胸の部分には、かなり大きなハートマークが貼り付けられている。それが二枚、入っていたのだ。
「うむうむ。きっと母上殿に似合うと思って買ってきたのでござる。ささ、早速父上殿と着て下され」
「ちょ、ちょっと待て、沙羅。俺もか!?」
「何のために二着あると思ってるのでござるか。男は諦めが肝腎でござるよ」
「諦めって何だ!?」
 少女は二人にシャツを無理矢理手渡すと、それぞれを別の部屋に押し込んだ。その様を、残った少年は、呆れ顔で見ている。
「……これでいいのか……?」
 ふて腐れたように、青年は部屋から姿を現した。その直後、女性もまた、部屋から出てくる。こちらは照れているのか、顔がかなり赤い上、視線を誰とも合わせようとしない。
「おぉ〜、いいでござるな〜。数十年前の熱々カップルみたいでござる」
「……それ、褒めてんのか……? つうか、何で、そんなこと知ってんだよ……?」
「さ、沙羅……本当に恥ずかしいんだけど……着替えちゃ、駄目?」
 懇願するように、そして哀願する様にして、少女に問い掛ける。
「全然OKだよ〜。冗談はこれくらいにして、っと――」
「……」
 青年と女性は、数秒硬直した。
『――冗談!?』
 そして、見事なまで綺麗に声を同調させた。
「……はぁ……沙羅。だから、笑えないって言ったんだよ……」
 少年が心の底から湧き出るように溜め息をついた。
「面白いと思ったんだけどな〜。本命はこっちだよ」
 そう言うと、少女はポケットに手を差し入れた。そこから取り出されたのは、手の平に収まる程度の、円形金属板だ。
 ――いや、違う。それには鎖が結わえ付けられており、又、コンパクトの様に二つに開くことが出来る。どうやら、一種のペンダントの様なものらしい。
「それって……」
「このタイプのホログラム見つけるの大変だったんだから〜。あ、もちろん、赤外線レーザーも借りてきたから♪」
 再び、ポケットに手を入れ、金属製の棒を取り出した。そしてパチリと、室内の電灯を落としてしまう。
「のわっ!? 何も見えねえぞ!?」
「も〜、パパってば、落ち着いてよ。私達は大丈夫だから、そこでじっとしててね。
 チャミ、チャミ。ちょっとこっちおいで。ほら、お兄ちゃんもこっち来てよ」
 暗闇の中、少女の声だけが聞こえた。
「それじゃあ、せーの、で行くからね。みんないい顔してよ〜。
 せーの」
 カチ。スイッチを押す、無機質な音がした。
「ご苦労様〜」
 パチリ。室内に灯りが点った。
「はい、ママ」
 少女は、ペンダントを女性に手渡した。
「……あ、ありがとう……」
 戸惑った表情のまま、謝辞を口にした。しかし、その表情はどこか安心しているようにも見える。
「さ。次はパパの番だよ」
「あ、ああ……」
 青年は、照れたように頭を掻くと、縦長の小箱を取り出した。こちらも綺麗に包装がされており、赤い花を模したリボンが巻かれている。
「……何か今更って感じなんだが、こういうの送ったことないしな……」
「……」
 カサカサと言う、紙の擦れる音を立てながら、女性は箱を開いた。
「これ……」
 それも、ペンダントであった。菱形をしたプラチナ製の金属板に、無数のダイヤと思しき宝石が散りばめられている。そしてその中心には、人の虹彩ほどはある大粒のルビーが埋め込まれ、又、その両脇には小粒のガーネットが二つ、添えられていた。
「……ま、何て言うか、七月の誕生石はルビーらしくてな……で、一月はガーネットってことらしいんだ……」
「つまり、私達……ってこと?」
「……そうなるのかな……それに、つぐみには深い赤が似合う気がするしな……」
「……血の色だから?」
 女性は、不敵な笑みを浮かべた。それに対して青年は、小さく苦笑した。
「……ありがとう。ねえ……着けてくれる?」
「あ、ああ……」
 青年は戸惑ったが、すぐさま受け取ると、鎖を外そうとする。しかし手慣れていないのか、少し時間が掛かってしまうところが初々しい。
「……」
 無言のまま、女性の首筋に両手を回す。その静寂が緊張を促しているのか、手が小刻みに震えているようにも見える。
「よし……」
 上手くはめることが出来たのか、青年は小さく呟いた。そしてそのまま手を放そうとしたのだが――。
「お、おい――」
 女性が青年の胸に飛び込み、腕を背中に回してしまったため離れることが出来ない。
「……武……」
 しかし、それだけを口にすると、すぐさま離れてしまう。
 何かを期待していたのか、脇で見ていた少女は不満顔だ。
「……それじゃ、ま、ケーキでも食べますか」
 青年に促され、三人はテーブルへと戻った。そして青年は、冷蔵庫から白い箱を取り出した。
「え……?」
 女性は、テーブルに置かれたケーキに驚いたのか、口に手を当てた。
 何の変哲も無い円形のケーキ。中心には、チョコレートで『Happy Birthday』と書かれたホワイトチョコレートが立て掛けられ、それを囲む様にして、十個のイチゴが並んでいる。ホイップクリームで塗り固められ、デコレーションされているそれは、本当に何処にでもある、普通のケーキだ。
 唯、彼女にとって奇異だったのは――。
「……二十……四本……?」
 刺さっているロウソクの数だ。その表情から察するに、かなり、少ないのかもしれない。
「……何か、おかしいか? 二ヶ月前に二十三で、今日、誕生日なんだから、これで妥当だろ? 少なくても、俺にとっては、な」
 青年は、片目を閉じた。その行為に、女性は顔を俯ける。
「……武の……バカ……」
 小さく、呟いた。
「ハッピーバースデー、つぐみ」
「お誕生日、おめでとう、ママ」
「おめでとう、お母さん」
 三人に祝辞を述べられ、女性は顔を上げた。そして、一言だけ。
「……本当に……ありがとう」
 満面の笑みで、そう口にした。
 
 これが、倉成月海、二十四歳の誕生日――。
 
 
                                                          了
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